霊巖洞や五百羅漢を見に行って来ました。(拝観してきました)
籠った洞屈です。五百羅漢は宮本武蔵の時代から150年の時
を経て、商人・淵田屋儀平とその子孫が24年をかけて奉納した
ものです。
五百羅漢とは、釈迦の直接の弟子たちのことで、安置された様子
は、容貌・姿態ともに千差万別で釈迦の教えはあらゆる人が平等
であることを訴えています。(雲巖禅寺のパンフレットより)
雲巖禅寺はこのように長閑で静かな山間にあります。近くの小学校
の生徒たちが遠足でしょうか、弁当をもってきていました楽しそう
でしたよ。
雲巖禅寺の入り口から撮影

雲巖禅寺の入り口です仁王像が出迎えてくれました。左の像の右後の階段が
お寺への階段です。

雲巖禅寺本堂
この雲巖禅寺は南北朝時代の正平6年(1,351年)に中国からの渡来僧である
「東陵永與」(とうりょうえいよ)によって建立されたとされています。

右手に手打水があります、金峰山からの湧水で平成名水百選に指定
手を清めたり口をゆすいだり、呑めたりもします。飲みませんでした。残ねん。

社務所です

拝観料を300円お払いして入山です(左の方に入口と書いてあります)
ホテルの回転ドアみたいな所から入ります。

入ったらすぐ右手に慈眼観音の社がありました。

この観音様は眼の病を治してくれる観音様です。


ここの先には五百羅漢があります。足元が少し凸凹してるんで足腰が弱い
私は少し苦労しました(笑)
五百羅漢です。全部で501体安置されてるようですが、数えられません
でした。自然崩壊とか1889年の大地震で傷ついた像が多数あります。
この場所と左の斜面にもあります。
五百羅漢



一体一体が色んな容貌・姿態で笑ったり悲しんだり、中には赤ちゃんを
抱いた像もありました。



左の羅漢さんは赤ちゃんを抱いてるようです。

延命地蔵尊です

閻魔洞です暗かったんですがストロボ使用ができるか分からなかったんで
暗いまま撮影しました

これから霊巖洞へとむかいます
この階段が辛かったです、蹴上げがとても高くて足腰の鍛錬になりました

観世音菩薩です

このあたりもまだ仏像が祀ってあります、良い顔ですね。

いよいよ霊巖洞です
奥の方に洞屈が見えます、約二年をかけて武蔵が五輪書を完成させた所です
宮本武蔵の二天一流はこのプレートに書かれてるように二刀流の事ではない
ようです、しかし私のような凡人には理解できませんでした。

二天一流の由来

この階段の奥の洞窟が霊巖洞です。


この霊巖洞に安置されているのが御本尊 馬頭観音です


この舞台に上がるのはちょっと気が引けましたがちゃんとお参りして上がり
ました。パワースポットの呼び名どうり何かの力がひしひしと伝わってくる
ような気がしました。

この逆修とは生前に戒名などを付けてもらい一般の葬儀などをするものです。


下の木刀は巌流島で武蔵が佐々木小次郎と戦ったとされる木刀です

五輪書は 1地の巻 2 水の巻 3 火の巻 4 風の巻 5 空の巻 からなっています
ただ、原本は消失されたとされています。現在は写本されたものしか残ってお
らず写本間での相違も多く偽書説も存在します。しかし武蔵の兵法観をまとめ
た物であることには変わりはないとされています。
上は五輪書 下は武蔵が使った刀の海鼠鍔(なまこつば)です


武蔵は書や絵や仏像など素晴らしい作品を残しています。その一部です。


御朱印を頂いてきました

最後に九州西国三十三観音霊場に興味を持ち、先ず近場の十四番霊場へ
行って来ました、残りの三十二個所も無理しないように行ってみたいと
思っています。永くなると思いますが鳥・チョウ・トンボの撮影も楽しみ
ながら長崎・佐賀・福岡・大分それと熊本の霊場札所も楽しみながら
参拝しようと思っています。
最後までお読みいただいて有難うございました